オリーブ牛 公式サイト

奥田政行シェフの舌を唸らせた赤身肉がおいしいオリーブ牛

中島茂信・文
藤田修平・写真

厳島神社を一望する宮島口に開業した宮島Bocca Al-ché-cciano

瀬戸内海に浮かぶ厳島(広島県廿日市市)。宮島、安芸の宮島とも呼ばれるこの島は、松島(宮城県)、天橋立(京都府)と並び、日本三景のひとつに数えられている。この島の北東部に鎮座するのが、1996年に世界文化遺産に選ばれた厳島神社だ。厳島神社は、全国に約500社ある厳島神社の総本社。社伝によれば、推古天皇元年(593)、地元の有力な豪族だった佐伯鞍職(さえきくらもと)により創建されたと伝えられている。 久安2年(1146年)、安芸守に任命された平清盛が、平家の守護神として厳島神社を尊守し、社殿を現在の姿に造営した。その厳島神社が2015年、トリップアドバイザーが発表した「外国人に人気の日本の観光スポット ランキング2015」で第三位に輝いた。連日国内外から多くの観光客が足を運んでいる。

宮島 厳島神社

2015年11月、厳島へ渡る連絡船乗り場の脇に、イタリアレストラン「宮島Bocca Al-ché-cciano」(宮島ボッカ アル・ケッチァーノ)がオープンした。山形県を拠点に、地産地消レストランを実践してきた奥田政行シェフが中国地方初となる直営店として開業したのが、「宮島Bocca Al-ché-cciano」だ。「店の目の前が瀬戸内海で、その向こうには厳島神社を一望できます。100年に一度出会えるかどうかの素晴らしい立地に、店を持つことができました」奥田シェフは語る。

宮島Bocca Al-ché-cciano

【奥田政行プロフィール】

瀬戸内ならではの食材のひとつに香川県のオリーブ牛を選んだ

「宮島Bocca Al-ché-cciano」では、瀬戸内海の山海の幸を中心に、中国地方や四国の旬の食材を用いた、ここでしか食べられない料理を提供している。

「宮島の店で出そうと思った食材のひとつが、オリーブ牛です。オリーブ牛の名前こそ知っていましたが、食べたことがありませんでした。瀬戸内ならではの素材を探していた矢先、オリーブ牛と出会うことができました」


オリーブ牛は2010年の春、香川県小豆島で誕生したブランド牛だ。小豆島ではオリーブが育てられている。その実を秋に採油し、オリーブオイルを生産する。“採油果実”を乾燥させたオリーブ飼料を食べさせていることから、オリーブ牛と命名された。そのオリーブ牛を奥田シェフは、2016年1月、「ヤマガタ サンダンデロ」で初めて試食。もも肉やランプ肉、肩ロースなどの赤身肉やサーロインを食べ比べた。


「脂がのった霜降りの牛肉なら日本中どこにでもあります。ところが、これまで『これだ!』と思える赤身肉にはなかなか出会えませんでした。オリーブ牛は脂のキレが良く、すっきりしていて、酸味もあります。今日食べ比べた中で、もも肉やランプなどのヘルシーな赤身肉を宮島の店で使うことにしました」


試食後、宮島の店にオリーブ牛を取り寄せることにした。オリーブオイルの造詣も深い奥田シェフは、小豆島産のオリーブオイルも入手。オリーブ牛と小豆島産オリーブオイルとの相性を確認しながら、料理を試作した。その一部を紹介する。

もも肉のしゃぶしゃぶサラダに
オリーブオイルでやいたカリカリのグリッシーニ ヘルシーカツレツ

薄くスライスしたオリーブ牛のもも肉を熱湯でしゃぶしゃぶにする。これをサラダに盛る。その上にオリーブオイルで揚げたグリッシーニをのせた一品。あっさりした脂が特徴のオリーブ牛のもも肉をしゃぶしゃぶにすることで、よりヘルシーで、軽やかな風味を味わえる。「肉とグリッシーニを一緒に食べるとカツレツの味が楽しめます」と奥田シェフは語る。

もも肉を炙った トロフィエじたてのアンティパスト

トロフィエは、「こすりつける」という意味のイタリア語が語源のショートパスタの一種だ。奥田シェフはこのトロフィエを、オリーブ牛で演出した。スライスしたもも肉を細く切る。これを両手でこすつつけるようにひねる。トロフィエに仕立てたもも肉にパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズをまぶす。それをペースト・ジェノベーゼを敷いた皿に盛り付ける。仕上げに料理用ガスバーナーで炙り、オリーブオイルをかければ完成。

オリーブ牛の赤身特有のやわらかい歯ごたえが印象的だった。オリーブ牛のさっぱりとした脂と、パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズの風味が混然となり、思わず笑みがこぼれる。「食感が変わっていておいしいと思います」と奥田シェフ。

その他のオリーブ牛を使った料理 (左から):

オリーブ牛料理を試作し、その赤身肉の味とさっぱりした脂に奥田シェフも驚いた。
それからひと月後。どんな人がどんな場所でオリーブ牛を育てているのか、産地を見学するため、香川県小豆島へ渡った。

宮島Bocca Al-ché-cciano
住所/広島県廿日市市宮島口1-8-14
TEL/0829-56-5350
営業時間/11:00~15:00(LO14:00)、18:00~22:00(LO20:30)
料金/ランチ1500円~(予約は3500円のコースから受付)、ディナー5500円~(アラカルトもあり)
定休日/火曜(祝日の場合翌日)
オリーブ牛はおいしいだけでなく、循環型農業でも注目されている

オリーブ牛の生みの親、石井正樹さんの農場を見学

3月2日、奥田シェフは早春の小豆島に到着した。
小豆島がある香川県は県花も県木もオリーブ。国産オリーブの95%が香川県産で、県下でもっとも栽培されているのが小豆島だ。この島にオリーブが植えられたのは、明治41年(1908)にさかのぼる。現在、主にルッカ、ミッション、ネバディロ・ブランコ、マンザニロの、4品種のオリーブが栽培されている。その実を秋にすべて手摘みで収穫後、専用の機械で採油し、小豆島産オリーブオイルとして出荷している。

10年ほど前、イタリアのプーリア州にあるオリーブオイルメーカーを見学したことがある。そのオリーブオイルメーカーでは、敷地内にオリーブの搾りカスが山積みになっていた。冬場、搾りカスを燃料に使うこともあるそうだが、その大半が産業廃棄物として敷地内に放置されていた。

ところが、小豆島では搾りカスを加工し、オリーブ飼料として活用する技術を確立した。オリーブ飼料で牛を育て、その堆肥をオリーブ畑に戻す、循環型農業を行なっているのだ。搾りカスを廃棄すればただの産業廃棄物だが、有効利用していることから香川県では、搾りカスを採油果実と呼んでいる。

オリーブの採油果実に初めて着目したのは、小豆島在住の石井正樹さんだ。石井さんはオリーブオイルメーカーの人間ではない。牛飼い農家だ。

これまで長年加古川食肉地方卸売市場(兵庫県加古川市)などに出荷してきたが、ブランド牛の乱立に伴い価格が低迷。香川県で育てられた讃岐牛(黒毛和牛)の特徴を出すため、2007年、オリーブ飼料を与えることにした。

石井さんの案内で牛舎に入った奥田シェフは、さっそくオリーブ飼料を見せてもらった。

「オリーブ飼料はキャラメルのような香ばしい甘い香りがしますね」

奥田シェフはオリーブ飼料をつまむと、口に入れた。

「おいしいですね、この味は癖になります。料理に使いたいぐらいです。この味なら、牛が食べてもおいしいに違いありません。そもそもなぜこれを牛に食べさせることにしたのですか」


「オリーブには、旨味成分のオレイン酸が豊富に含まれています。小豆島産のオリーブの採油果実で作ったオリーブ飼料を讃岐牛に与えたらいい脂になるのではと思い、食べさせることにしました。いまでこそ喜んで食べてくれますが、当初は採油果実をそのまま与えていたせいもあり、見向きもしてくれませんでした」


オリーブの採油果実は水分が多いだけでなく、渋みも強い。食べてくれないのは当たり前だった。試行錯誤の末、天日乾燥させたことで甘い香りを帯び、好んで食べてくれるようになった。
オリーブ飼料を与え始めた翌年、石井さんが出荷した枝肉を見た市場関係者がほめてくれた。「いい脂だ。小豆島のブランド牛として育ててみたらどうか」と言ってくれたのだ。自信を得た石井さんは、2009年から小豊島に住む友人ふたりと一緒にオリーブ牛の飼育をスタートさせた。

その翌年春、香川県ではオリーブ牛のブランド名で発売することにした。
現在、小豆島のオリーブオイルメーカーが、オリーブの採油果実をオリーブ飼料に加工している。採油果実を乾燥機で半日かけて高温焙煎することで、キャラメルのような芳しい甘い風味が生まれるようになった。その甘い香りに誘われるのか、牛はその長い舌でなめるようにオリーブ飼料を食べてくれる。

出荷前の2か月間、オリーブ飼料を食べさせている。その影響で抗酸化成分や旨味成分のグルタミン酸が増えることがわかったと石井さんは説明する。

「オリーブ飼料のおかげでもも肉やランプなどの赤身でも軟らかくて、脂がさらさらしていて甘みも旨味もある肉になります」

「石井さんのオリーブ牛がおいしいのは、石井さんの育て方も影響していると思います。一般的に、牛は牛舎に見慣れない人が来ると、後ずさりをすることが多いんです。ところが、石井さんの牛はそうではありません。愛くるしい顔をしているし、のびのびと愛情込めて育てられている印象を受けました」

現在、石井さんの他、80人のオリーブ牛生産農家が小豆島や小豊島、高松市内でオリーブ牛を育てている。
飼育頭数は2000頭。地元香川県の他、首都圏などにも出荷しているが、近年輸出も始まった。2015年は、東南アジアに60頭、EUに12頭、ニューヨークに4頭輸出している。まだ実績こそ少ないものの、オリーブ牛の名がアメリカやEU、東南アジアに浸透しつつあるという。加えて、オリーブの搾りカスの利用方法でも世界から脚光を浴びている。そのため近年、アメリカやフランス、スペインの食品関係者や精肉業者などが小豆島に視察に来るケースが増えてきた。

島内でオリーブ園を営む堤祐也さんのオリーブ畑を見学

石井さんの農場を後にした奥田シェフは、堤祐也さんのオリーブ畑へ向かった。山の斜面にある畑には数えきれないほどオリーブが植えられていた。温暖で緑豊かなその風景はイタリアの片田舎のようだった。
堤さんは11年前、大阪から小豆島に移住。オリーブを栽培し、オリーブオイルの販売を手がける「イズライフ」を設立した。現在4haの畑でルッカ、ミッション、ネバディロ・ブランコ、マンザニロを栽培している。昨年採油工房を建て、自社工房での採油を開始した。

「この長浜のオリーブ畑では、主にルッカを栽培しています」

「収穫は何月頃するのですか」

「11月中に収穫します。熟し過ぎると実が落ちるし、雨だと収穫できません。短時間でどれだけたくさん採れるかが勝負です。一粒一粒手で摘むので人手が必要です。島民や友人、知人に頼み、収穫体験という名の強制労働をしてもらっています」堤さんは目を細めた。

オリーブの収穫 (写真提供 イズライフ)

オリーブの収穫体験という言葉に奥田シェフが反応した。

「11月に小豆島ツアーをやりましょう。堤さんの畑でオリーブの収穫体験をしてもらったり、石井さんのオリーブ牛を見学します。その後宮島へ移動し、うちの店でオリーブ牛を食べてもらおうと思います」

小豆島にはイズライフの他、複数のオリーブオイルメーカーがある。今後、奥田シェフは、それぞれのオリーブオイルのテイスティングをし、オリーブ牛との相性を検討した上でオリーブ牛を宮島店のメニューに載せるつもりだ。

「できる限りシンプルな料理でオリーブ牛を提供していこうと思っています」

オリーブ牛ツアーは11月19日と20日の1泊2日で実施することが決まった。詳細は宮島Bocca Al-ché-ccianoへ。

イズライフ
住所/香川県小豆郡土庄町上庄1956-1
TEL/0879-62-9377
営業時間/10:00~18:00
定休日/月曜

木造の診療所を改造した夫婦が営むレストラン

オリーブ畑の視察後、小豆島町の住宅街にあるレストラン「EAT」へ向かった。奥田シェフの友人がこの店でランチを食べることをすすめてくれたからだ。

小豆島は県外からの移住者も増えつつある。先の堤さんは関西からの移住だったが、「EAT」は東京から引っ越してきた長濱勉さんと彩さん夫婦が営む飲食店だ。2010年に診療所だった古い木造の家をリフォーム。翌年オープンキッチンのレストランを始めた。白い壁と白い窓枠。レントゲン写真を見るための道具。診療所で使われていたと思われる、フラスコが並んだ白い棚。店内のあちこちに診療所時代の余韻をとどめていた。初めての店なのに、どこかで見たことがあるような懐かしい風景だった。

窓際にある奥の厨房では、長濱シェフがせわしそうに動き回りながら、料理を作っていた。オープンキッチンから漂ってくる、温かくて、おいしそうな香りが、レトロな雰囲気の店内をやさしく包み込んでいた。
テーブルには箸と、箸置きに見立てた落花生と、手書きのメニューが置いてあった。

この日のランチは、「豚ロースのみそカツ定食」や「豚バラのもろみ煮丼」など6種類。奥田シェフは、「塩こうじ鶏と旬菜のせいろ蒸し定食」を頼んだ。せいろの中に鶏肉と、色とりどりの野菜がゴロゴロと入った一品だった。


入り口脇の、白い棚の背面が本棚になっていた。料理本コーナーだった。その中に奥田シェフのレシピ本が3冊並んでいた。長濱勉シェフが奥田シェフのファンで本を買っているのだそうだ。長濱シェフの手がすいた頃をみはからい、奥田シェフは話しかけた。

「実はオリーブ牛の視察で小豆島に来たんです」

「うちでもオリーブ牛を使っています。6年ほど前、初めて食べた時においしいなあと思い、ディナーのコース料理にオリーブ牛のグリルを出すことにしました」

「そうですか。昨年オープンした宮島の店でもオリーブ牛を使うことにしました。ぜひ一度ご家族で食べに来てください」


短い滞在時間だったが、石井さん、堤さん、長濱さんと出会えたことで奥田シェフの料理に、何かしら化学反応があるに違いないとにらんでいる。同様に、小豆島の3人にも化学反応が起こるのではないか。4人の変化が共鳴し、それが今後オリーブ牛、オリーブオイルにおもしろい変革をもたらし、もっとおいしい料理を食べられる日が来ればいいなあと、食いしん坊のひとりとして大いに期待している。

後日長濱シェフからメールがあった。「宮島の店に予約を入れた」という連絡だった。長濱シェフが宮島の店でオリーブ牛を頼むかどうかわからない。けれど、もし、たとえば奥田シェフの「オリーブ牛のトロフィエじたて」を食べたとしたら、きっと何か触発されるのではないか。オリーブ牛には、料理人のプライドやアイデアをかきたてる、何かを秘めているのだがら。

EAT
住所/香川県小豆郡小豆島町苗羽甲1422-1
TEL/0879-82-6170
営業時間/11:30~17:00、18時~(ディナーは1日1組。10名まで要予約)
定休日/木曜